モンゴルの子どもを熱傷事故から守る生活環境改善プロジェクト

お知らせ

・2020年6月からパイロット調査を英国スウォンジー大学グローバル熱傷政策研究センター(Centre for Global Burn Injury Policy and Research, Swansea University)とはじめました。英国 National Institute for Health Research (NIHR) のご支援に感謝いたします。

・パイロット調査の結果を論文にまとめました。Parental acceptance and willingness to pay for a newly designed kitchen rack to reduce paediatric burns. Burns (Available online 15 May 2021) 現在、フォローアップ調査の結果をまとめているところです。この結果を実践に結び付けることができるよう、引き続き、資金調達に奔走中です。

・フォローアップ調査の結果を論文にまとめました。Solution-oriented research for paediatric burn prevention in Mongolia: An assessment of prevention tools. Burns (Available online 24 September 2021) 本調査に向けて、引き続き、資金調達と準備に邁進中です。

モンゴルの子どもをやけど事故から守る!

はじめまして。筑波大学医学医療系の市川政雄です。私はこれまで、人びとの命を奪う事故をいかに防ぐことができるか、日本とアジア諸国をフィールドに疫学研究を行ってきました。

事故というと「たまたま起きる」「運悪く起きる」というイメージがあるかもしれませんが、多くは予期して防ぐことができます。私たちは生まれてから何度も予防接種を受けますが、それは感染症にかかることを予期して、それを防ぐため、あるいは重症化しないようにするためです。それと同じように、私たちが車に乗るときシートベルトを着用するのは、交通事故に遭うことを予期して、事故による身体へのダメージを減らすためです。シートベルトを着用することで死亡のリスクは半減します。つまり、亡くなる人が100人から50人に減ります。

世の中には防ぐことのできる事故がまだまだたくさんあります。しかも、ちょっとした工夫で可能だったりするのです。このプロジェクトでは、モンゴルの子どもに起きている重症なやけどを劇的に減らし、やけどで命を落とす子どもをゼロにしたいと考えています。


なぜモンゴル? なぜ子どものやけど?

私の研究室では多くの留学生を受け入れています。そのなかにギマさんというモンゴル人医師の大学院生がいます。大学院生は入学早々に研究テーマを決めなければならないので、私がギマさんにモンゴルで解決したい健康問題を尋ねると、子どものやけどを挙げました。モンゴルでは多くの子どもがやけどの犠牲になっているというのです。

調べるとかなり深刻であることがわかりました。図1は小児熱傷死亡率(5歳未満の子どもが10万人あたり何人やけどで亡くなったか)を示したものです。モンゴルの小児熱傷死亡率は10万人あたり8人を超え、世界的に極めて高いレベルにあります。それはいったいなぜでしょうか。

図1 小児熱傷死亡率(10万人あたり)2013年 

出典:Sengoelge M, El-Khatib Z, Laflamme L. The global burden of child burn injuries in light of country level economic development and income inequality. Preventive Medicine Reports 2017;6:115-120.


私は、モンゴルではストーブを利用する冬期が長く、ゲルと呼ばれるテントのような伝統的な住居が多いからだと考えました。確かにゲルは狭く、ゲルでやけど事故が多発していると報告されています。一方、近年安価な電気鍋や電気ケトルが普及し、それで重症な熱傷が子どもに増えているとも言われていました。

これはちゃんと調べてみないとわからないということで、私たちは2015年8月から1年間、モンゴルの首都ウランバートル市にある国立外傷センターにやけどで入院した16歳未満の子どもを対象に疫学調査を行いました。

その結果わかったことは、入院した906人のうち8割以上が3歳以下の子ども、過半数が電気鍋や電気ケトルでやけどをし、重症な熱傷に限れば、その7割近くが電気鍋や電気ケトルによるものだったということです(図2)。これは裏を返せば、電気鍋・電気ケトル対策で入院を要するやけどの半数は減らせるということです。

図2 国立外傷センターに入院した16歳未満の子ども906人の熱傷の熱源

出典:Gerelmaa G, Tumen-Ulzii B, Nakahara S, Ichikawa M. Patterns of burns and scalds in Mongolian children: a hospital-based prospective study. Trop Med Int Health 2018;23:334-340.


ゲルの生活空間に安全な調理スペースを!

ゲルは直径5~6メートルのいわばワンルーム。キッチンやバス・トイレはありません。一人暮らしでは十分な広さかもしれませんが、家族には手狭です。ゲルの中央にはストーブが鎮座し、壁に沿ってベッドやタンス、食器棚などが配置されています(写真1)。また、ストーブ脇のスペースにはローテーブルがあり、ローチェアに座るのが一般的です。調理はストーブの上で行われてきましたが、電気鍋や電気ケトルのほうが便利なので、これらキッチン家電がかなり普及しています。

写真1 ゲル内部の全景

問題は調理の際にこれらキッチン家電を置く場所がないことです。そのため、写真2のとおり、電気鍋や電気ケトルを床やローテーブル・ローチェアに置くのです。もうお気づきのことと思いますが、やけど事故の根源はまさにそこにあります。これで全身をやけどするような重大な事故が起こるのです。

写真2 ゲル内部の調理環境

電気鍋や電気ケトルを子どもの手が届かない別の場所で使うことができれば、事故は起きません。しかし、狭いワンルームのゲルではどうしようもありません。

ここで2つの対策が考えられます。ひとつは、電気鍋や電気ケトルを使うのをやめること。これでそれら家電によるやけどは確実に防げます。しかし、家電の便利さを捨てるのはなかなか難しいものです。もうひとつは、電気鍋や電気ケトルを安全に使える場所を確保することです。理想的には個別のキッチンがあるとよいのですが、狭いゲルでは難しいので、現実的にはキッチン家電を安全に使えるような家具があるとよいと考えられます。

実は現地の方も同じ考えをもっています。写真3は、やけどで子どもを亡くした親御さんが悲惨な事故を防ぐためにと考案したキッチン家具の設計図です。また、この設計図とは別物ですが、写真4は同じアイディアで自作されたキッチン家具です。いずれもギマさんがSNSで見つけました。私たちはこれらを見て、なおさらなんとかできないものかと思いを新たにしました。

                     写真3              写真4

キッチン家具でやけどを防ぐ ~急げ、キッチン革命~

子どもの重症なやけどは電気鍋と電気ケトルで起きているので、それらをキッチン家具で子どもの手が届かないようにすれば、重症なやけどの多くは防げるはずです。ただ、現地の人が家具を自作していることからわかるとおり、電気鍋や電気ケトルを安全に使えるような家具は現地にありません。そこで私たちはゲルの生活空間に合ったキッチン家具をつくりたいと考えました。

ただし、つくるだけでは不十分です。子どものやけどを減らすためには、そのような家具が普及しなければなりません。普及するためには家具が安くて便利でなければなりません。そのことを実感できる機会も必要です。また、家具を使うことで本当にやけどが減るかどうかを確かめる必要があります。

そこで、私たちは2つの活動を計画しています。

1つ目は、ゲルに住む人たちが便利だと思うキッチン家具を、買いたいと思うような値段で流通させられるよう、キッチン家具を製作し、市場調査を行うということです。また、キッチン家具が広く普及するよう、製作した家具に対する現地の方(とくにゲルに住む乳幼児を有する世帯)の購買意欲や支払意志額などを調査し、適正な価格をはじき出します。さらに、簡易的なゲルのモデルルームをつくり、「キッチン家具があると、こんなに便利で、こんなに安全!」ということが体感できるようにしたいと思います。調査の準備は、同僚の経済学者の指導を受けて、ギマさんと進めています。

2つ目は、キッチン家具を使うことで本当にやけどが減るかどうかを科学的に検証します。そこまでやるの、と思われるかもしれませんが、やけどが減らなければ家具の製作と普及に意味はありません。また、科学的に、というと大げさなように聞こえるかもしれませんが、具体的には、小さなお子さんがいらっしゃる世帯のうち、ランダムに(くじ引きの要領で)家具を使っていただく世帯を決め、やけどが減るかどうかを、家具を使わない世帯と比べて検証します。あえてそのような比較をするのは、やけどは家具があってもなくてもさまざまな要因で起きるので、その影響をいわば差し引く必要があるからです。これで家具の真の効果を見極めます。新しい薬を開発し、その効果を検証するときと同じです。この準備もすでに済ませており、筑波大学医学医療系の研究倫理委員会の承認も受けております。

これら2つの目標が達成できれば、ゲルに「キッチン革命」が起きる可能性が生まれます。そして、やけどの脅威から子どもが、子どもの命が救われます!

ところで、このプロジェクトにはキッチン家具が不可欠です。実はプロジェクトを着想した2017年より、少しでもプロジェクトを前進させたいという思いから、まったく資金がないにもかかわらず、株式会社ニトリさんにはご相談にのっていただき、試作品までつくっていただきました。写真5は、それをモンゴルへもっていき、現地の方に意見を伺ったときの様子です。そして、写真6は現地の方や専門家の意見をもとに、ニトリさんに改良していただいた完成品(ほぼ完成品)です。ニトリさん、本当にありがとうございます!

写真5 試作品を置く前と置いた後のゲル内の様子

写真6 完成品(ほぼ完成品)


お力をお貸しください! ~ご協力のお願い~

プロジェクトの準備は万全なのですが、その一歩を踏み出すための資金がありません。もちろん、これまで科研費やJICAの草の根技術協力事業などに応募し、資金調達を試みてきました。しかし、社会貢献を目的とした研究は科研費の対象にはならないようです。また、JICAにはプロジェクトの持続性に疑問符を打たれてしまいました。やりっぱなしにするつもりはないのですが、はじめの一歩を踏み出さない限り、先が見通せないことがあるのも事実です。

そこで、はじめの一歩のための資金をご支援くださる企業様・個人様を募っております(本学への寄附金は所得税・法人税の税制上の優遇措置の対象となります)。ご賛同いただけるようでしたら、趣意書や寄附金控除の書類などをお送りいたしますので、お手数をおかけしますが、筑波大学医学医療系 市川 政雄(masao@md.tsukuba.ac.jp)までご連絡ください。また、直接ご説明にお伺いすることも可能です。

皆さまのご支援をこころよりお願い申し上げます。


筑波大学医学医療系 教授 市川 政雄