久しぶりの海外出張 ~相変わらず「いい加減」が楽しい~

今年(2022年)11月上旬、久しぶりに海外へ出張した。最後に海外へ出張したのは2020年3月。当初は英国の共同研究者と一緒にモンゴルへ出張する予定だった。しかし、新型コロナの感染者が中国で増え始めると、モンゴル政府は1月下旬、国内で感染者が出る前に国境を封鎖した。2月下旬には国際線が再開するとの情報もあったが、感染状況はまったく好転せず、渡航は断念せざるを得なくなった。


出張先はインドネシアへ変更した。実はその頃、私の研究室のインドネシア人留学生が調査を実施するため、インドネシアに帰国していたのだが、新型コロナの影響で調査が滞っていた。私が現地へ赴いたところで打開策が見つかるとも限らなかったが、現地の状況を見ないことには何とも言えず、ひとまず渡航することにした。その話は別の機会に。


今回の出張先はタイの地方都市、コンケン。首都バンコクから飛行機で約1時間、タイ東北部に位置する。コンケンはタイ語ではコーンケーンとかコンケーンと発音するようだが、耳をすませば、なんとなく行きたくなる地名でもある(来んけん?)。


10月31日11時45分、成田発バンコク行きのタイ航空に搭乗するため、10時少し前に成田空港に到着した。しかし、すでにチェックインカウンターの前には長蛇の列。一瞬、ウェブチェックインを済ませておけばよかったと思ったが、そういうときは人間観察も悪くない。あたりを見回すと、カウンターの傍らには重量超過のスーツケースを広げ、重量を減らそうと荷物と格闘するタイ人のオバちゃんたちの姿が。日常が戻りつつあることを感じる。


機内はほぼ満席。国際線では座席は通路側に限る。大切なのは、中央列の右側の通路側であること。通路側が大事なのは、お察しの通り、席を立ちやすいから。それでは、なぜ中央列か。それは機内の座席が3-4-3あるいは3-3-3の配列の場合が多く、中央列であれば、席を立つ必要があるのは隣の乗客が立つときだけだからである。窓側の列の場合、隣の席が2つあるので、それだけ立つ機会が増える。もっとも、こちらは通路側なので至極気楽。しかし、窓側の乗客は席を立つのを遠慮しているのではないかとこちらが気をもんでしまう。というわけで、中央列がよい。


ただし、窓側の列が悪いかといえば、そうとは言い切れない。20代半ば、英国へ留学した際、その頃は中央列の良さを知らずに、行きも帰りも窓側の列の通路側の席をとった。そして、行きも帰りも隣とその隣の乗客は女性同士のお友だち。格安航空券で大韓航空を利用したので、インチョン経由だったが、インチョンからロンドンまでの所要時間は10時間以上で長旅となる。


私は席に着くやいなや、隣席の女性に、席を立ちたいときは私が寝ていても遠慮せずにたたき起こしてくださいね、と笑顔を振りまいた。実はそれが縁で交際に発展しました、という人はいるかもしれないが、私にはその気もなく(いや、相手こそ、その気は毛頭ないだろうが)、お互いに持参していたお菓子を交換したりして、楽しい旅路となった。


もちろん、そのようなサクセスストーリーばかりではない。巨漢の男性がひじ掛けを上げて、私の座席まで(私が支払った運賃の1割くらい)肉をはみ出させてくるようなこともあった。現実は厳しい。


さて、中央列の通路側の良さは分かったと思うが、なぜ右側の通路側か。それは何を隠そう(いや、見ての通り)私が右利きだからである。私は機内食を口にするとき、隣の乗客にひじがぶつからないよう、「小さく前へならえ」の姿勢になる。そして、ひじから先の腕と手を操作し、食べものが入ったプラスチック容器の蓋を開け、まるでクレーンゲームのように食べものを顔の投入口に運ぶ。我ながら見事である。しかし、アルコールが入り、気が緩むと脇が甘くなり、利き腕のひじがはみ出る。そのような場合、右側の通路側に座っていれば、隣の乗客に迷惑をかけることがなく、安心である。


ただし、注意事項が2つある。1つは、キャビンアテンダント(CA)が押すミールカートが通過するとき。それほどスピードが出ていなくても、ひじがぶつかると打ちどころによってはかなり痛い。これは何度か経験した。もう1つは、CAさんが配膳中に自分の隣りで止まったときである。ひじでお尻を突っつくことになるのは想像に難くない。しかし、配膳で体を方向転換させるCAさんが自らお尻を激突させてくることもあるので、こちらの自意識過剰といえば、それまでだ。ちなみに、これも何度か経験させていただき、こちらは何度ぶつかっても痛くない。


機内でそうこうしているうちに、バンコクに到着した。コンケンでは入国手続きができないため、バンコクで一度入国してから、国内線に乗り換える。入国審査のブースにも長蛇の列。バンコクの空港も日常を取り戻したようである。


私は他の乗客と同じように長蛇の列のあとに続き、そこでも人間観察を行っていた。すると、いくつかのブースに審査官がやってきて、並ぶことのできるブースが増えた。すると、乗客の列は鞭を打たれた蛇のようにうねり、新たな列がうまれ、私もその列に並び直した。しかし、それでもブースまではまだ遠い。


ブースの向こうを眺めながら、なんとなく追憶にふけった。タイへはじめてやってきたのは18の春・・・。しかし、そんなノスタルジーの世界から一気に現実世界へ呼び戻された。「皆さんのお並びの列の審査官は17時で帰宅するので、別の列へお並びください」と空港の係員。日本的感覚だと、17時でブースを閉めるのであれば、その時間に終わるように乗客の列をコントロールするに違いない。この計画のなさ、見事である。


入国審査が終わり、国内線のカウンターでチェックインを済ませた。そして、国内線の保安検査場へ向かうと、その入り口で係員が乗客の搭乗券と身分証明証の確認をしていた。私は少しばかり距離を開けて、前に並んでいる乗客に続いた。


すると、そこにオバちゃん2人組が割り込んできた。オバちゃんは私が並んでいたことに気が付かなかったようで(いや、私に気が付かないほど、私と前の乗客との間に距離があったとはいえないが)、私に気が付くと「どうしましょうか」というような顔をする。私は「どうぞ、どうぞ」と手を差し出し、列を譲った。こういうときは、紳士ぶって気持ちよく譲るのがよい。気持ちに余裕が生まれて、搭乗券と身分証明証を手元に用意せず、もたもたするオバちゃんたちを見守る気にもなれる。


そんな私に屈強な男性係員が手招きをしてきた。身長180センチの私よりも大柄で、横にもかなりある。何かなと思いつつ、その係員に近寄ると、係員が規制線(ベルトパーティション)のベルトを外し、中へ入れと言う。ワイロを要求されるのか・・・。


もちろん、そんなことはなく、私の搭乗券とパスポートを確認すると、係員は笑顔で私を保安検査場へ送り出してくれた。どうやら私の一連の行動を観察していたようで、私に便宜を図ってくれたようである。このやさしさといい加減さ。うーん、たまらない。


人のやさしさに触れると、もっと癒されたいと欲が出るのか、食欲が出てきた。国内線のレストラン街にたどり着くと、レストランはどこもほぼ満席。入れなくもないが、搭乗までそれほど時間に余裕はなく、注文したものがなかなか出てこないという事態は容易に想像できる。旅はまだ続くので、面倒は避けたい。そこで目に入ったのは、コンビニのセブンイレブンである。タイの街中ではセブンイレブンをしばしば見かけるが、空港でも幅を利かせていた。私は早速、そこで簡単に食べられるものを買うことにした。


タイのセブンイレブンは日本のセブンイレブンと同じような品揃えで便利である。お弁当もあり、いくつか手に取ってみた。ガパオライスやパッタイなど定番メニューが揃っており、ボリューム感はないが、小腹を満たすにはちょうど良いサイズ。見た目も悪くない。


ちなみに、ガパオライスはガパオがホーリーバジルを意味するので、日本語ではバジル炒めご飯と称される。しかし、その実態はそぼろご飯である。ただし、そぼろ肉は豚ひき肉をバジル、唐辛子、ナンプラーなどで炒めたものなので辛くて香ばしく、そぼろ肉の上には揚げた目玉焼きがトッピングされるので、日本のそれとは味も見た目も異なる。


ガパオライスがそぼろご飯であれば、パッタイは焼きそば。パッタイの麺は米粉の平打ち麺で、味付けは日本の焼きそばと異なるが、焼きそばといえば焼きそばである。ガパオライスもパッタイも日本人の味覚に合うと個人的には思っている。


コンビニの弁当としては、パッタイよりガパオライスのほうがハズレはないような気がして、小腹を慰めるべく、ガパオライスを購入した。レンジでチンしてくれたガパオライスには、プラスチックのスプーンとフォークのほか、お手拭きまでついてきた。


いい加減さが感じられないって? 確かにそれら3点セットは店員の気配りで(いや、マニュアル通りに)つけてくれた。しかし、である。私がお会計の際にスプーンとフォークをつけてくださいと店員に頼むと、弁当の入ったレジ袋に入れてあるとの返事。そうかそうかとレジ袋の中身を確認したが、スプーンとフォークは見当たらない。店員の勘違いかもしれないと思って、もう一度頼むと、入っているとの返事。私は首をかしげて、弁当の入ったレジ袋の下に手を添えた。ん、凸凹。スプーンとフォークは弁当の下に敷かれていたのである。


さて、弁当を買ったはいいが、イートインのスペースがあるわけではない。皆さんならどうするだろうか。私は誰構わず、通路のイスに座って手を合わせていただきます、と相成る。ほーら、斜め向こうには空港の従業員が通路のイスでカップラーメンをすすっている。しかも、その脇では従業員が横になっている。これが空港であっても日常の光景である。


タイ人がそうしているから、何でもありというわけではない。しかし、いい加減であるということは融通が利くということでもあり、それによって助かることもある、と言いたい。まあ、言い訳はその辺にして、味はどうだったか。これが美味。粘り気のない長粒米はスパイスが効いて少し汁気が残ったそぼろとの相性がよく、私の小腹は、小腹というわりに見た目はかなり太いが、大いに満たされた。


19時45分、ほぼ定刻通りコンケンに到着した。手荷物は機内持ち込みの小さなバックしかないので、手荷物受取所は素通りして、出口に向かった。今回はホテルに送迎を頼んでおいたので、15分ほどでホテルに到着できる。


自動ドアが開き、お迎えの列を見渡す。ホテルの看板をもった人が・・・いない。まあ、これは想定内で、少し離れたところにいるかもしれいないと思って、あたりを一周。しかし、見つからない。そうか、もしかしたら、空港に到着していないだけかもしれない。そう思って、イスに腰を掛け待つことにした。そして、イスに近寄ると・・・、いるじゃないか。ホテルの看板をイスの上に置いて、スマホをいじる運転手がそこに。運転手は悪びれる様子もなく、ニコニコしながら、私を車まで誘導した。このいい加減さ、快感でさえある。


今回の宿泊先は、約20年前はじめてコンケンを訪問したときに宿泊したチャルーンターニー・プリセンス、いちおう4つ星とランク付けされた大型ホテルである。プリセンスとはいえ、20年も経過しているので、見た目はかなりくたびれていている。おまけに新型コロナの打撃を受けて、なんとホテルは売りに出されていた。一時は新型コロナの感染者の療養施設として利用されたようであるが、もはやその後ろ盾はない。


ホテルに着き、先に到着していた共同研究者のN先生とロビーで落ち合った。年上のN先生とは20年あまりの付き合いである。ロビーに降りてきたN先生は500mlの缶ビールを手にしていた。年下の私に気遣って、ウェルカムドリンクを用意してくれたようである。


話を聞くと、すでに現地の共同研究者とたらふく夕飯を食べてきた、というか、食べさせられ、飲みきれないからこの缶ビールをどうぞ、とのことだった。理由はどうであれ、キンキンに冷えたビールを手にすれば、笑みもこぼれる。


夕飯がてら明日以降の予定を打ち合わせたかったが、細身なのにお腹が破裂しそうなN先生を夕飯に連れ出すのは悪いので、ロビーで打ち合わせることにした。それにしても、テーブルの上で汗をかきはじめた缶ビールが気になって仕方ない。


タイの代表的なビールといえば、シンハー・ビール。タイではビア・シンと呼ばれる。ビア・シンと同じくらい愛されているのがビア・チャーン。N先生が用意してくれたウェルカムドリンクはビア・チャーン。グラスでちゃーんと飲みたいが、グラスはない。


そわそわする私にN先生は「市川さん、飲めば」と鶴の一声。いちおう4つ星ホテルなので、ロビーで缶ビールはちょっと遠慮したほうがよいかなと思いつつ、古びたロビーはラウンジの機能を果たしておらず、タイならこれは許容範囲かなと思っていたところだったので、私はN先生に向かって首を縦に振り、缶ビールのプルトップを引き上げた。そして、その音がロビーに鳴り響いた。案の定、受付嬢は我関せずという様子。


打ち合わせを終え、N先生は自室へ戻り、私は夕飯に出かけた。道すがら、ずいぶん前にコンケンを訪れたときのことであるが、キッチンカーでケバブサンドを買って一杯やったのを思い出した。今晩はそれだと思って、キッチンカーへ向かった。ところが、そのキッチンカーがない。私の読みは甘すぎた。新型コロナの影響を考えれば、なくて当然。そもそもキッチンカーは動くものである。なんとしたことか、この初歩的な読み違い。


意気消沈しながら、テクテクとホテルへ引き返した。路上には果物やラーメンの屋台が出ていたが、果物でビールとはいかず、ラーメンでは締めになってしまう。しかし、転んでもただでは起きない。私はふと思いついた。そうそう、あるじゃないか、あれが。セブンイレブンのガパオライスが! なんとしょぼい、と思うかもしれないが、あの辛いそぼろがビールにぴったりである。


私は自分の思い付きに大いに納得して、ホテル近くのセブンイレブンでガパオライスとビールを買って、ホテルの自室へ急いだ。こうして私の出張1日目がはじまった。日付は11月1日になっていた。


(2022年11月)

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