悪気はないから憎めない
タイは「微笑(ほほえみ)の国」といわれる。
確かにタイの人たちは愛想がいい。しゃべり方はソフトで、あいさつやお礼をいうときは手を合わせてくる。そうされると強面のお兄ちゃんでさえ印象がよくなる。
そんな一面がタイのお国柄としてあまりにも強調されすぎている、と私は思う。タイ人の微笑は、よくいえば「おおらかさ」の表れであるが、悪くいえば「いい加減さ」の塊である。そこになじめないとタイ人と付き合うのはつらい。
今回は3泊5日でラオスへ出張。
ラオスには、ベトナム経由かタイ経由で行くことができる。ベトナム経由だと、ハノイ経由とホーチミン経由の2ルートがあり、ハノイ経由のほうがラオスへ早く到着する。
しかし、ハノイ発ビエンチャン(ラオス)行の午後便はラオス航空の機材で運行されているので、できれば遠慮したい。
ホーチミン経由の午後便はベトナム航空の機材で運行されるのでよいが、プノンペン(カンボジア)を経由して、ラオスへ向かうため、時間がかかる。
いずれの場合でも、成田空港を午前10時に出発するベトナム行の飛行機に乗ることになるので、成田空港には午前8時までに到着しなければならない。朝早いのはつらい。
その点、成田発バンコク(タイ)行には正午発の便があるため、成田空港には午前10時までに行けばよい。この2時間の差は大きい。
というわけで、タイ経由でラオスへ向かった。
バンコク到着は4時半。日本時間では6時半なので、小腹がすく。乗り継ぎ時間はたっぷりと3時間もあるので、いつもラーメンを食べる。これは、機内で飲んだあとのシメでもある。
空港の行きつけのレストランでは、あいかわらずボディコン(死語か?)を着たビア・プロモーター(ビールの売り子)が働いていたが、今回はひとりで入店したためか、「ハイネケンはいかがですか」などといって、ビールを勧められることはなかった。
私はいつもの「バーミー・ナーム」を注文した。バーミーは、日本でおなじみの卵と小麦粉でつくられた麺である。英語ではegg noodleである。ナームは水(汁)を意味する。したがって、汁に浸かった麺ということである。なんのことはない、普通のラーメンである。東南アジアではバーミーに加え、クイティアオという米粉でつくられた麺も食される。日本ではベトナムのフォーでよく知られる、あの麺である。
私は断然、バーミー派である。クイティアオにはコシがないので、食べた気がしない。いや、おなかはいっぱいになるので、正確には噛んだ気がしないのである。とはいえ、こしあんと粒あんのどちらが好みか、といった程度の話であり、どちらもおいしいに違いない。
ラーメンのトッピングには、日本のラーメンではあまりお目にかからないローストダックやフィッシュボール(つみれ)などが選べるが、私のお気に入りはローストポークである。これに揚げワンタン(ただし、皮だけ)、分葱がトッピングされる。数種類の肉が一緒に盛られることもあり、肉だけでなく、幸せな気分も味わえる。
待つこと5分。注文品がやってきた。いい香りが漂い、無意識に姿勢が正された。しかし、口元はゆるみ、胃袋はワニの口よりも大きな口を開けて待っているのではないか、というくらい大暴れである。
いや、ちょっと待てよ。麺が白い。これはクイティアオではないか。ラーメンを運んできたビア・プロモーターは、なんのためらいもなく、「バーミーは切れているので、クイティアオでいいですか」と。私は当然、「バーミーが食べたい」と主張した。日本人なら、「いいよ、いいよ」となるところかもしれない。そもそも日本ではバーミーがないからといって、勝手にクイティアオを供することはないだろう。「いいよ、いいよ」となるのは、間違えてクイティアオを供されることが前提である。私はバーミーが食べたいのだ。
そして、そう主張してから5分もたたないうちに、私の目の前にバーミーが供された。やっぱりあるのではないか。私は、これでいいのだ、とうなずいた。
それにしても、このいい加減さは悪気がまったくうかがえないだけに憎むに憎めない。相手に文句を言ったところで、相手に悪気がないのだから、反省するよしもない。憎んだだけ、こちらが不快な思いをするだけである。
それなら、反省しなければならない理由を説明すべきか。私はラーメンごときでそんなにエネルギーを浪費したくはない。バーミーが出てこないのであれば、「また来ますね」と笑顔で答えればいい。
待望の、といっても10分待って出てきたバーミーを口にした。タイのラーメンはさっぱりしていて、実にうまい。ラーメンのスープはしばらくの間、舌先で踊った。タイならではの先の経験には心を躍らせた。懐かしい、この感覚。そして、そうこうしているうちに、ラオス行の飛行機に搭乗する時間になった。
バンコクからラオスの首都・ビエンチャンまでは約1時間の飛行である。出発時間が30分ほど遅れたので、ビエンチャンの空港に着いたのは夜9時半過ぎになった。手荷物しかもってこなかったので、荷物の回転台を素通りし、足早に換金所へ向かった。滞在中の小遣い1万円をラオスの通貨・キップに換金した。これで3日間の飲み代は十分すぎるくらいである。
空港から市内へ向かうにはタクシーを利用するしかない。市内までの料金は定額で前払いなので、ぼられることはない。タクシー・カウンターで手続きを済ませ、所定のタクシーに乗り込んだ。タクシー運転手はつたない英語で私に頼みごとをした。「タクシーが少ないので、もうひとり客を乗せてもいいか」と。私はもちろん、こう答えた。「急いでいるから、早く車を出してくれ」と。
いい加減さは国境を超える。これに慣れると、やみつきになるので要注意である。
(2012年7月)
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