不注意に注意
旅先の宿選びは重要である。旅の目的が仕事であれ遊びであれ、旅の拠点となる宿は快適であるほうがよいに決まっている。とはいえ、高ければよいというわけではない。かといって、目安があるわけでもない。インターネットやガイドブックに記されている評価が当てになることもあれば、当てにならないこともある。要するに、運で決まる。
私が最初にラオスへ出張したのは、記憶は定かでないが、確か4年前の2008年。宿のよしあしは運で決まる、というわけで、ラオスに滞在したことのある友人に適当な宿を紹介してもらった。1泊朝食付きで25ドル。その宿はゲストハウスと称していたが、ひげ面で長髪のバックパッカーがたむろするような宿ではなく、日本でいえば民宿や旅館に近い。外観や趣きは日本のそれとまったく異なるのであるが、こじんまりしていて、ファミリーで経営している(であろう)という点で似ている。
この宿にはその後何度か宿泊した。しかし、年に2~3回出張するようになり、この宿では失礼になりかねない同伴者と出張することも増えてきた。そこで、現地の大学の先生に紹介してもらった宿、現地で開催された国際会議の案内書に記載されていた宿、インターネットでそれなりに評判がよい宿、そして5つ星ホテルにも泊まってみた。これらのホテルをおおざっぱに価格帯で分けると、50ドル未満の宿、50~100ドルの宿、100ドル以上の宿ということになる。リゾートホテルらしき宿はこれよりももちろん高い。
100ドル以上の5つ星ホテルは快適ではある。しかし、大型ホテルだとアットホームな感じがせず、ビジネスマンが多いため、「仕事のために宿泊しているんですよ」という自覚を促され、非日常感を味わうことができない。出張とはそもそもそういうものであるが、仕事はちゃんとするのだから、非日常感を味わうくらいの楽しみは許されてしかるべき。
それでは50~100ドルの宿はどうかというと、50ドル未満の宿より部屋がきれいだったり、広かったりするのであるが、その質は100ドル以上のホテルには及ばない。朝食も貧弱だったりする。それなら、50ドル未満の安い宿でいいじゃないか、ということになる。こうしたコスト感覚を貧乏性というのであれば、貧乏性で結構。それが私の素直なコスト感覚である。
というわけで、最近定宿にしているのは1泊朝食付きで30ドルの宿である。朝食は7種類のメニューに限られているが、パンだけでなく、お粥や豆料理などバラエティに富む。それに、飲み物は2種類を選ぶことができる。ささやかながら、お得感があってよろしい。
私のお気に入りは、スウェーデッシュ・ワッフルのクリーム&タマリンドジャム添え。ワッフルは凸凹のある少し厚めのクレープといった感じで、2枚供される。飲み物も何種類かあるが、私は決まってバナナシェークとコーヒーを注文する。毎日飽きずに同じメニュー。朝食としてはこれで十二分である。朝から食べ放題(ビュッフェ)は体に毒というもの。
この宿の最大の魅力は値段に比して、朝食の質が高いところにある。
実は部屋も決して悪くない。日本のビジネスホテルと比べたら、1.5倍くらいのスペースはある。エアコンはあるし、シーリングファンも完備されている。エアコン付きの部屋でシーリングファンは珍しい。そして、ほとんど見ないが、テレビもある。冷たいものが飲みたいときに助かる冷蔵庫もある。バスタブはないが、お湯が出るシャワーはあるし、トイレは水洗である。
これで30ドル。お値打ちである。
しかし、かゆいところに手が届かないところもあるのは否めない。
ここ数日、季節の変わり目のせいか、体調を少し崩し、水っぽい鼻水が出るので、たびたび鼻をかむ。そのため、ティッシュペーパーが手放せない。5つ星ホテルであれば、デスク、ベッドサイド、洗面所など、いたるところに花が咲くようにティッシュペーパーが置かれている。いつなんどき、鼻水が落下しそうになっても、手を伸ばせばティッシュペーパーが手に入る。しかし、1泊30ドルの宿ではそういうわけにいかない。トイレからトイレットペーパーをもってきて、小さなデスクに置いておき、鼻水の落下に備える。
ちなみに、こちらのトイレットペーパーはやわらかい。エンボス加工までしてある。だから、お尻だけでなく、お鼻にもやさしい。日本の再生紙を利用したトイレットペーパーはしわもなく、きりっとしていて、いかにもお尻との真剣勝負にはもってこい、という紙質であるが、お鼻にはシャープすぎてかなわない。こちらのトイレットペーパーであれば、何度でも鼻をチーンとしたくなる。
そのため、トイレットペーパーは鼻水をかむという用途でも消費されていく。鼻水が出る朝はとくに活躍する。今朝もティッシュペーパーのロールが手のひらを何度も転がってみせた。
今朝は少し体が冷えた。そのせいで鼻水が出るのかもしれない。そう思って、あたたかいシャワーを浴びた。朝一番のシャワーは実に気持ちよい。気持ちよいので、ついでに用を足した。これまた快便である。今日はなんだかよいことがありそうだ。いったいなんだろう。思いを巡らせ、気が付いた。
トイレットペーパーを机に置きっぱなしにしてきてしまった。
さあ、どうしよう。中腰で机まで歩いて、トイレットペーパーをとりに行くか。でも、お掃除のおばちゃんが部屋に入ってきたら、お互いに気まずいこと間違いなし。それだけではない。うわさ話が大好きなラオス人。「あの日本人、お尻丸出しで、部屋の中をはいつくばっていた」といううわさは、突風のごとく駆け巡り、従業員一同の知るところになるだろう。せっかくみつけた定宿。それを失うのかと思うと、涙が止まらない。自分の不注意を悔やんでも悔やみきれなかった。
皆さんなら、どうするだろうか。
実はそう深刻になる必要もなかった。どんな安宿でもお尻洗浄用のミニシャワーだけはトイレわきに備え付けられている。これでトイレットペーパーがなくても、きれいさっぱりお尻をリフレッシュすることができる。洗浄後は・・・感無量だ。
濡れたお尻はどうするかって。そのままパンツをはけば、そのうち乾く。ケンカしたって、いずれ仲直りするのと同じである。あまり気にしないでおこう。
(2012年7月)
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